幕末に、野邊地尚義(のべちたかよし)という男がいた。
盛岡近郊で生まれた。江戸で、蘭学者としてオランダ語、外国の政治、社会を学び、後に明治維新を創る人々と交流した。長崎で英語を学び、萩では、長州ファイブなど若手の長州藩士に英語教育を施した。
維新後は、教育者として、京都府立語学校の創立にあたる。その学校は、現在も名称を変えて存続しており、ノーベル賞受賞の湯川秀樹、朝永振一郎など多数の人材が輩出している。明治5年、日本初の公立女学校を創立、その校長を務めた。後の京都府立第一高女である。
明治14年、東京 芝に、国際交流の舞台として紅葉館を創設。政治、外交の場として、日本の列強諸国との不平等条約改正に尽力した。
「明治の民間外交の立役者」として、85歳の生涯を終えた。
目次
野邊地 えりざ プロフィール
東京・新宿区で生まれる。
生後33日目に四ッ谷・イグナチオ協会で洗礼を受ける。
洗礼名:エリザベット。幼稚園から高校卒業まで雙葉学園(四ッ谷)
慶應義塾大学文学部卒業
東京こども教育センター千歳台ナーサリーを自宅で開設
仙川チャイルドファクトリーにてアートクラスを主宰
朝日カルチャーセンター“ルポライター養成講座、エッセイ講座、時代考証”を受講
夫の仕事でアムステルダムに駐在する
アムステルダム市民大学にてオランダ語を学ぶ
ブリティッシュ・イングリッシュ・ランゲージセンターにて英会話を学ぶ
成城インターナショナル・ウィメンズ・クラブ(1997 - 2000)にて会長を務める
日蘭協会に入会
表参道 シナリオ・センターを卒業
日英協会に入会
日本スペイン協会に入会
Facebook “European Taste” を始める
10月19日、日本スペイン交流400年の記念講演「マルベーリャで見た“この国のかたちと未来を拓く潜在力”」を日本スペイン協会で行う
野邊地 えりざ フォトギャラリー
ご紹介いただいたメディア
☆読者の声☆
▽大変興味深く拝読しました。単なる幕末・明治の人物研究ではなく、人物達の活動を通して「近代日本の曙の時代」を見事に描きだした好著だと思います。
▽著者は野邊地尚義(たかよし)の玄孫、野邊地えりざ(青木智子)である。
幕末から明治、またそれ以後にかけて南部藩は原敬・齋藤実・米内光政などの歴代首相をはじめ、金田一京助・新渡戸稲造・石川啄木など多くの優れた人材を輩出した。そのなかにあって、かれらの先達として活躍した一人の男、野邊地尚義の偉大な生涯が本書によってはじめて浮きぼりにされた。> 全文はこちら
水野丈夫氏 元東京大学名誉教授・雙葉学園教師・海軍兵学校76期
▽著者の情熱と綿密な調査により、明治の民間外交の陰の立役者となった主人公の生涯がつぶさに綴られていて、新しい日本を創ろうと努力し行動された方々の事もわかりやすく知ることができ、映画を見るような感動を覚えます。
長州ファイブのメンバーとして英国留学を果たした井上薫外務大臣創立の東京倶楽部へも寄贈させていただきました。
文野千年男氏 公益財団法人日米教育交流振興財団(フルブライト記念財団)理事長
▽野邊地さんの本は大変な本ですね!良くもまあ人脈を事細かに調べ上げたものと感服しました。 番町、千鳥ヶ淵、雙葉と大変馴染みの深い話が多く此の地の故事来歴を学ぶ事が出来ました。 更に野邊地家が現在まで皇室を含めて繋がっていることにも驚かされます。いろいろ面白かったです。有難う御座いました。
田中信明氏 元駐トルコ日本大使、駐パキスタン日本大使、国連事務次長
▽偉業を成し遂げた方を直系に持つえりざさんは幸せですね。 又 玄孫のえりざさんからその偉業を後世に残るように足跡を まとめてもらった野邊地尚義様も幸せ者ですね。 絆を感じさせる贈り物を有難う御座いました。
田村 均氏 経営コンサルタント
▽入念な取材と史実に立脚した描写は秀逸です。「世界に冠たるサロン」を目指して創設された紅葉館での人間模様、お女中と名士との淡い恋、日清・日露戦争の謀議が行われた状況で、尚義がどう関わったか等にも興味があり、このような内容も是非続編では執筆して頂きたいです。TVドラマ化がとても面白いと思いました。ディレクターは福澤諭吉の玄孫 福澤克雄にやってもらいたいです。彼は大学時代はラガーマンとして大活躍されました。
福住 秀志氏 日経社元勤務 永年広告業界で活動中
▽明治維新150年に相応しい御本をお書きになりましたことは素晴らしいと存じます。よくまあ詳細にお調べになりましたことと感心しております。蘭学者が日本の近代化に大変貢献されたんですね。
▽日本の歴史における幕末・維新の日本人の活躍は本当に眼を見張るものがありますが、それぞれに、国を想い、新しい時代に向かって真摯に自分の人生を歩まれた多くの方々を思う時、その恩恵にあずかっている現代の我々はもっと頑張らねばという想いを一層強く感じる次第でございます。 青木様の奥様である、野邊地えりざ様はご家族の事を事細かく記載されていますが、そこまで一冊の本に仕上げるまでのご苦労はいかばかりと拝察する次第でございます。幕末に外国語を勉強し、又そののち日本で最初の公立女学校を設立、そして最後は江戸の真ん中で日本の政界、財界の紳士と外国の要人をおもてなしする倶楽部の運営に携われ、日本の国際化にたずさわれた奥様のご先祖様、ご家族様の事を教えて頂き本当に感動致しました! > 全文はこちら
藤原ヒロミ様 日本イスラエル商工会議所 副会頭
- 聖心女子大卒業後NYに渡り国連代表部に勤務。元ルクセンブルグ国際銀行在日代表
▽えりざさんの魂のこもった本を読み、驚きと共に流石、何時も元気・溌剌・前向きなえりざさんと感じ入りました。
出版おめでとうございます! 明治4年京都に日本で最初の公立女学校を創設され、「教育カリキュラム」を整備され、授業を始められた事、大変勇気のある事だったと思います。母校の慶応はまだ蘭学塾から英学塾となり、芝新銭座から三田へと移ったばかりの頃でした。福澤諭吉先生が丸善創業者の早矢仕氏を連れてすぐに京都に見学に来られた事もよく理解できました。
平川 信子様 婦人三田会、慶応中等部ラグビー部KCR会発起人
▽えりざさんの結婚披露宴でヴァイオリンを弾いた頃がついこの間のことのように思い出されました。私は父が京都大学/大阪大学で哲学を教えていたという”教育一家”に生まれ、京都で育ちました。明治3年英語・独語・仏語学校を京都に創設し、監督官として奔走する尚義の姿が眼に浮かびます。こういう中堅の方々の努力が日本の近代化を創っていったのだと思います。明治5年日本で最初の公立女学校”新英学校および女紅場”でイギリス人教師による英語の必修化や裁縫・養蚕・機織・西洋刺繍等を授業に取り入れた事はその後の国の殖産興業に大きく寄与したものと思います。尚義の「先見性と偉大なビジョン」が日本の近代化の扉を拓いていったのだと思います。
森悠子様 ヴァイオリスト , NPO法人音楽への道CEM理事長
- 桐朋大学卒業後チェコ・フランスで活動 , フランス政府より芸術文化勲章シュバリエ章、オフイシエ章受章
▽お身内の事を自然な筆運びで描かれた文章は客観的視点をずらすことなく、しかも愛情深くつづられていて、私のような歴史に疎い者でもイメージが描きやすく、読んでいてとても楽しいひとときでした。ページ211の祖母美代子様のお写真に、私は学生時代のえりざさんを懐かしく思い出しました。
高木 瑛子様 慶應義塾大学文学部美学美術史卒業 野邊地えりざのクラスメート
▽野邊地えりざさんが成城インターナショナルウイメンズクラブの会長をされていた頃からの知り合いですが、文才には驚きました。これからもドンドン本をお出し下さい。
☆メディア掲載☆
2018年12月20日 > 書籍紹介BRB
2019年01月21日 >「野邊地尚義を知って」毎日新聞岩手
2019年02月27日 > 高祖父は「英学教育の祖」日本経済新聞
2019年04月17日 >「外交に一役」岩手日報
2019年04月26日 > もう一つの明治維新―野邊地えりざ 赤松正雄の「忙中本あり」
2019年08月01日 > 三田評論 福澤諭吉と野邊地尚義